11月11日。クラヴィスの生誕日だ。
珍しく日の曜日に重なった為、あのお祭り好きな陛下の血が騒いだのだろう、大規模な宴が夜も深くなるまで続いていた。
闇の館から何時止むとも知れぬ賑やかな光が外に零れている。
ジュリアスの金の髪がその光に照らされ鈍く輝く。
もう何刻程ここにこうしていいるのだろうか・・・。聖地の夜は冬に向かうとはいえ、然程冷え込みはしないが、今のジュリアスには身にしみるように感じた。
外套を強く巻きつけ邸の様子を伺う。そろそろ宴も終焉に近づいているような落ち付かなげな気配を漂わせている。
―――あと少し辛抱すれば・・・。
ジュリアスは手の中に握り締めた小さな箱をじっと見つめる。
白く華奢な指が紅く染まるほどに力を込め、決して落とさぬようにと握り締めていた。
「全く・・・なんだと言うのだ・・・私の生誕日なのだ、好きに過ごさせてくれても良いものを・・・」
思わず漏れる愚痴に、最後まで残っていたリュミエールがくすりと笑みを浮かべる。
「皆、クラヴィス様をお祝いしたいのですよ?」
そのような事を言っては・・・などと続く言葉に手を振って遮る。
「あの者らは、何かにつけ騒ぎたいだけだろうが・・・」
ため息とともに手にした杯を煽る。一体今宵だけで幾杯飲み干したことか・・・。
「リュミエール、お前ももう帰るがよい・・・」
寝室への扉に手を掛けながらクラヴィスが気だるげに言う。
「分かりました。また明日お迎えに上がります」
リュミエールの言葉も半ばで寝室へと消えるクラヴィスを見やり、そっとため息を漏らすリュミエール。
そのまま、静かに勝手知ったる闇の館を辞去する。
リュミエールが去るのを確認したジュリアスは、そっとバルコニーの扉から邸の中へと侵入を果たす。二人が親密だとは知っていたが、目の当たりにすると胸が痛む。
きゅっと手の平に力を加え、箱の存在を確認する。気持ちを奮い立たせるように力を込め、クラヴィスの消えた寝室への扉を見つめる。
自分の気配を感じて、今にも扉を開けクラヴィスが現れるような幻影を見る。だが、半刻を過ぎても全く扉は開かれない。
鍵でも掛かっていたら、入室を拒否されたら・・・そう考えると扉に手をかける事もためらわれる。
ジュリアスは悲しげに瞳を翳らせ、カウチの傍にある小さなテーブルに視線を移す。
先ほどまでクラヴィスが煽っていたワインの空き瓶がそのまま乗っている。その横にそっと手のひらに握り締めていた箱を置いた。
ワインの空き瓶や、木の実やチーズを乗せた皿の横に置いたその箱は、そのままゴミとまぎれてしまう程に小さい。ゴミとして処理されてしまうのも運命だろうか・・・。
ぼんやりとその箱を眺めたままジュリアスは、月明かりの中立ちすくんでいた。
バルコニーから風が僅かに吹き込んできた。入るときにきちんと閉めなかったせいだろう。ふと我に返ったジュリアスは、そのままその風に誘われるように外へと歩き出す。
そうだ、生誕日の贈り物は確かに届けたのだし、当初の目的は達した筈だ。もうすこし、気持ちが高揚しても良いように感じるが、ぼんやりと寂しさが募るように感じる。
バルコニーのステップを降り切ったところで、足に下草が絡むのを感じた。と同時にふわりと白檀の香りが漂う。
「ジュリアス?」
クラヴィスの声がバルコニーの上から密かに聞こえる。
躊躇うかのような小さな声に、気が付いた訳ではないと気づく。
そっと息を殺し、身を潜める。
「まさか・・・な・・・病だと聞いたしな・・・」
自嘲気味に続く言葉に、もしかしたらクラヴィスは待っていたのかと思う。
「全く・・・だが、今宵ばかりは一目・・・」
その声とともにパタリと扉の閉じる音が続いた。
ジュリアスの瞳から一雫、光の粒が零れ落ちる。
堰を切ったように流れ落ちる涙に自分でも驚く。地面に力なく膝を尽きそのまま顔を伏せた。落ちるに任せた涙に膝が濡れ、項垂れた顔を覆うように金の髪が震える。
「・・・ジュリアス」
そっと肩に掛かる重みと声に息を呑む。
「コレはお前からの贈り物だろう?」
そっと目の前に伸ばされた掌に乗せられた箱。 小さな白い箱はクラヴィスの大きな掌の中で、ジュリアスと同じように震えているかに見える。
「中を見ても良いか?」
耳元でそっと囁かれる声に身が焦がれるように熱くなる。
小さく縦に振られる頭に、クラヴィスはジュリアスを抱き込んだままそっと箱に掛けられた純白のリボンを解く。
箱の中には柔らかな天鵞絨の布に埋もれるように小さな光の粒が息づいている。
「金剛石か?」
月明かりの中では冴え冴えとした蒼の輝きを放つ小さな鉱石。
ピアスに加工された光の粒を月の光に翳す。
すぐ目の前にある黄金の輝きにも勝るとも劣らない逸品である。
「ジュリアス・・・」
そっと地面から抱え上げるように立たせ、背に手を当て邸の中へと促す。
病で今宵の宴には欠席する旨を伝え聞いていたが、それを押してここまでやってきたジュリアスに、その身を心配するより先に嬉しさを感じてしまうクラヴィス。
腕に抱いた身体は冷えきっていた。
部屋の明かりの中でそっと頤に手をやり顔を覗き込むと、涙に濡れた頬と紅く染まった目じりが痛々しい。
「病と聞いたが、身体はどうなのだ?」
どこか辛くはないかと、そっと尋ねる。
身じろぎをするジュリアスの瞳を覗き込むと、その蒼の瞳がそっと反らされる。
「・・・辛そうだな・・・送って行こう」
そのクラヴィスの言葉にジュリアスの瞳が驚きに見開かれる。
嫌だと首を振り、そのままクラヴィスに齧り付くように腕を回して抱きつく。
「ジュリアス・・・私だとて、お前に居て貰いたい・・・だが・・・それと同じくお前の身体も心配なのだ」
胸から響く声にジュリアスがそうっと顔を上げる。優しげに細められた紫の瞳に出会い、ふっと身体の力が抜ける。
「大丈夫か?」
頷くジュリアス。
「それにしても、何故一言も声を聞かせてくれぬのだ?」
クラヴィスが不安げに尋ねる。
「・・・・・・」
話したくとも話せないジュリアスは、どうとも答えられない。困惑に潤んだ蒼の瞳がクラヴィスをじっと見つめる。
そっと喉元に手をやり、首を振る。
その仕草に、クラヴィスがはっと息を呑む。
「声が出ぬのか・・・?」
病だとは聞いていたが、そのような症状が出ていたのでは、宴には出られるはずもない。
「そうか・・・それで、他には辛いところはないのか?」
クラヴィスの言葉にジュリアスが嬉しそうに瞳を細め、そっと首を振る。
「喉に良い飲み物でも用意させるか・・・と、その前に」
ジュリアスの格好を見下ろすと、前が肌蹴た外套の中には夜着のみという格好。その上裾のほうから膝の辺りまで、僅かに土に汚れていた。
そっと身体を離し、なにか着替えを物色する。
とはいっても、自分の夜着しかないが。
外套を脱がせ、そのまま下の夜着を脱がせようと手を掛けると、その夜着に見覚えがある。
「ジュリアス・・・これは・・・」
クラヴィスの声にジュリアスが頷く。
「私が贈った・・・では、これが、返事と思っても・・・」
恐る恐る尋ねるクラヴィスの姿には、常のような余裕が微塵も感じられない。ジュリアスは声を出さずに笑みを零す。
何度も頷き、そっと離れた身を寄せる。
「・・・ジュリアス・・・夢のようだ・・・」
クラヴィスの呟きに、うっとりとジュリアスも瞳を閉じる。
長く待たせたけれど、クラヴィスがまだ自分を受け入れてくれる事に安心して、止まった筈の涙がまた一滴零れる。
月の光に照らされ輝く二粒の輝きが、そっと重なる二人を見守っていた。