覚醒

 

 ふう、全くアレの鈍さには恐れ入る…。
 今日も今日とて、闇の執務室の空気はどんよりと澱んでいた。

「クラヴィス様?」
 カードを繰る手も止めたまま溜息を付くクラヴィスに、リュミエールが心配げに声を掛ける。

 鈍感とは、感性が鈍い者の事だが、感性など一朝一夕に良くなる物でもなかろう…さて、どうしたものか…。
 尚も溜息を吐き続けるクラヴィスに、リュミエールは水色の髪を左右に揺らし首を振る。こうなってはもう、彼の人以外に闇の守護聖を正気づかせることは出来ない。
 リュミエールが振り返り振り返り退室しようとドアノブを握る、と同時にドアを叩き破るほどの轟音がした。続いて怒声。
「クラヴィス!!」
 ドア越しにせよ至近距離で聞いたジュリアスの怒声は、リュミエールの耳をしばらく使い物にならなくさせた。数歩よろけた所にドアを開け大きく一歩を踏み出したジュリアスが見えたが最後、リュミエールはそのまま昏倒した。


 目の前であっという間に起こった出来事に、さすがのクラヴィスも驚き立ち上がる。ドアに駆け寄るが、時すでに遅く、水色と金色の麗人が床に倒れこんでいた。
 取りあえず、二人の口許に手を翳す。二人共に息はある。詰めていた息を安堵とともに吐き出す、最悪の事態は免れたが、まだ然程安心できるレベルには達していないと判断する。
 ただ、闇に閉ざされた部屋に廊下からの光が射し込み、眩しくて敵わない。
 暗闇に慣れた目には些か苦しい。ドアを閉めようと手を掛けるが、ジュリアスが邪魔で閉まらない。二人をこのままにはしておけないが、一体どうしたものかと首を捻る。幸いサクリアに異常はないらしいので、大丈夫だろうが、何か違和感が感じられる。


「おや〜どうしたんです〜?」
 廊下からのんびりとした声がやってきた。
「ジュリアスは何でこんなところで寝ているんでしょうね〜、おや?リュミエールもですか?」
 的外れなルヴァの言葉に、側にいたオリヴィエが慌ててひざまづく。
「ちょっと!寝てるんじゃないわよ!倒れてるのよ!!ジュリアス!!リュミちゃん!!」
 オリヴィエの金切り声に、四方八歩から人が掛けつけてくる。
「ジュリアス様!!」
 オスカーがオリヴィエを突き飛ばし、ジュリアスを抱え上げようと手を伸ばす。
「あ!オスカーいけませんよ!!」
 ルヴァにしては鋭い声を上げ制止する。
「頭を打っているかもしれませんのでね〜動かすのは得策ではないですよ〜」
「ああ、そうだった!ジュリアス様!ジュリアス様!!」
 オスカーが耳元で名前を連呼している。
「そうですよ、まず名前を呼んで意識を戻させるのが重要です。オリヴィエもリュミエールに声を掛けてあげてください」
 いつになく闇の執務室が騒がしくなっている中、王立研究院のスタッフと医師が到着した。
 皆が固唾を飲んで医師の診断を待つ。
「脳震盪を起こしているようですね。取りあえず、余り揺らさないように移動させましょう」
 オスカーがジュリアスを、クラヴィスがリュミエールを抱き上げそっと続きの間の寝台に横たえた。
 金色の天使と水色の天使が横たわる姿は、息を飲むほどに荘厳な眺めであった。その場にいた全ての人間から感嘆の溜息を引き出し、満足そうに微笑んでいるかのような二人の寝顔に目を奪われた


 1時間ほどして、まずリュミエールの瞼が震え、そっとその瞳が開かれた。
 傍に付いていたルヴァが慌てて皆を呼ぶ。
「リュミエール・・・」
 クラヴィスの声にぼんやりとそちらを見る。幾度か瞬きを繰り返し、覚醒に向け緩やかに反応を示す。
「クラ・・・ヴィス様?」
 かすれた声だが、意識レベルは高いようだ。
「リュミエール・・・意識が戻ったようですね〜安心しました〜」
 ルヴァが何度も頷きつつ声を掛ける。
 身を起こそうとするリュミエールを手で制し、顔色を伺う。まだ少し青白いが、もう心配なさそうであった。
「ジュリアス様・・・」
 オスカーの呟きに、皆の視線が未だ目覚めないジュリアスに向けられる。
 覚醒したリュミエールの横で、頑なに瞼を閉じているジュリアス。
 その蒼ざめた白皙は、いかなる芸術家であっても再現できぬ程に完成された美であった。皆がジュリアスの心配を忘れるほどに美しい。
「ジュリアス様・・・ああ、そうでした・・・」
 リュミエールが先ほどの惨事を思い出したのか、額に手をやる。ぶつかった辺りがしくしく痛み出していた。
「あ〜痛みますか?リュミエール?」
 ルヴァの声に、軽く頷く。
 控えていた医師が診断するが、打ち身以外には特に問題がないようだった。追って検査は受けねばならないが、さしあたり皆も安心した。
「それにしても・・・ジュリアスはどうしたのでしょうかねぇ。全く意識が戻りませんし・・・本当に大丈夫なんでしょうか・・・」
ルヴァの呟きに、オスカーがぎくりと身を強張らせる。
「滅多な事を言うな!」
 搾り出すようにオスカーが低く唸る。ルヴァも失言を悔いて謝るが、オスカーは呪文のように同じ言葉を何度も繰り返し呟いていた。