闇と光は対の存在。
それは、侵されざる関係であったのだと、その寄り添う姿が証明していた。
足音で自分の存在を刻みたいかのように、荒々しく立ち去る炎の守護聖を横目に、そっと扉を閉め、主とその想い人を二人だけにする。そうする事が、多分今夜自分に与えられた最高の栄誉なのだと、そう執事は確信していた。
「・・・ジュリアス」
苦しげに息をつくジュリアスに、そっと腕の力を緩める。途端にジュリアスが腕に力を込め、身体を押し付けてくる。離れたくないとそう身体全体で言うジュリアスに、愛しさがこみ上げる。
一体何度自分はジュリアスに救われただろう。
今夜、ジュリアスがあの場所に来なければ、ジュリアスが言葉をくれなければ、そして、ここに戻ってこなければ・・・。
想いの丈を込めてその金の髪に口吻けを落とす。
「ジュリアス・・・」
あの時も、そうだった。何も言わず、求めるだけの自分。
クラヴィスは幾度も悔やんだあの事に思いを馳せた。
二人の溝が出来るきっかけにもなった、あの事を。
そっとジュリアスを促し、傍のカウチに腰掛ける。
優に三人は掛けられる広さがあったが、身を寄せ合うように掛けた。
ジュリアスの手を取り、重い口を開いた。
「樅の木を、覚えているか?」
握る手がびくりとし、伏せられた睫も同時に顫えた。
「私は、その、そなたが大切にしているとは、思わなかったのだ、だから、その・・・」
急き立てられるように言葉を紡ぐジュリアスに、宥めるように握ったままの指を優しく撫でる。
それに勇気づけられたように、視線を合わせてくる。クラヴィスは薄闇の中でも尚煌くその瞳に、また魅せられた。
「伐採に、その、それが必要ならば、已む無しと、そう言ったのだが、やはりその事が原因なのであろう?そなたが来なかったのは・・・」
自分の言った事が原因だと、そう責めるジュリアスにそうではないと、そう眼で返す。
「やはり、そなたにその訊くべきであったと、そう思っていたのだが」
「ジュリアス、本当に覚えていぬのか?」
ジュリアスの言い様を訊いていると、まるで何もかも覚えていないかのようで、思わず言葉を遮ってしまう。
ジュリアスの表情は本当にそう語っている。
「昔、あの場所で二人遊んだ事は?」
重ねて訊くが、小首を傾げ眼で促してくる。
「二人の秘密の場所だった、あの樅の木の、」
クラヴィスの言葉にぼんやりと頷くジュリアスは、何かを堪えるように眉根を寄せていた。
「そして・・・・・・私が、ジュリアス、お前を裏切った、あの場所を」
その言葉にジュリアスがはっと貌を上げ、クラヴィスを見た。
クラヴィスは痛みにその美麗な貌を歪め、硬く閉じられたその瞳は苦悩を露にしていた。
「二人の秘密の場所に、私はあの少女を・・・」
「クラヴィスっ!!」
ジュリアスが悲鳴のように叫ぶ。
「あれ以来、お前はあの場所に来なくなった」
握りしめたその手が痛々しいほど顫えていた。訊くのが辛いように伏せられたその貌は伺えないが、痛みに歪んでいるに違いないジュリアスの表情を思うと、続けるのは酷だとそう思うが、続けぬわけにもいかない。
「執務以外でお前に会うことも叶わなくなった・・・」
クラヴィスの静かな語り口に、その苦悩の深さが滲んでいた。
「言葉も交わせず、その姿を見れぬ日も多くあった」
今や全てを思い出したのか、ジュリアスの視線がこちらに据えられているのが分かった。
「だが、まだその事にはどうにか堪えることが出来た。身から出た錆だからな」
ジュリアスの手がそっと握り返してきた。それに励まされるように、懺悔を続ける。
「そうこうしているうちに、守護聖の交代が起こり、そしてあの炎の守護聖オスカーがやってきた」
オスカーの名に一瞬瞳を見開いたが、ジュリアスはそのまま続きを静かに待った。逡巡している様子のクラヴィスに、ジュリアスは力づけるようにそっと握る力を強くした。
「・・・オスカーが来てからというもの、お前はますます遠ざかり、偶さか見かけても、その隣には当然のようにあの男がいた・・・」
それは、そなたも・・・、とジュリアスが思わず漏らすが、すぐに思いとどまる。
クラヴィスがオスカーとの事を気にしたように、自分もリュミエールとの事を見ては悲しく思っていたのだと、そう伝えたかったが、それは今でなくともきっと伝えられると、そう思う。
「だが、あの男もまだ手を拱いていたのに、安心していたのだ。まだ、まだお前は誰のものでもないと、そう思い、愚かな事だが・・・」
伺うようにこちらを見るクラヴィスに、いつもの不遜な態度が嘘のように思える。そういえば、昔はそうであった、何をするでもこちらを伺い、不安そうな紫の瞳で。
「あの少女と同じ名の女王陛下が、あのようなことを考えるとは・・・」
オスカーがこの期を逃すはずなく、生きた心地がしなかったと、クラヴィスが言うのを呆然と眺める。およそクラヴィスらしからぬその言葉には、だが確かに真実だとそう信じさせる力があった。
「だが、樅の木の伐採に許可を出したと訊き、やはりあの事を許せずにいるのだと、そう思ったのだ。だから、お前に会いに行けず、だがお前を想う気持ちを抑えることなど到底出来ず、あの地でお前に想いを馳せるしかなく・・・」
淡々と語るクラヴィスに、そっと肩にその金の髪を寄せる。
「忘れなければ、と、そう思ったのだ」
ジュリアスがそっと呟く。それこそ闇に紛れて聞き取れぬほどの声音で。
「そなたと、先の陛下を見た時に、私は醜くくも嫉妬に駆られたのだと思う。あの時はよく分からなかったが・・・」
かすれるような声に、当時のジュリアスの悲しみが痛いほど伝わる。
「そなたと私だけの場所だと、そう幼き日に約束したのを、忘れなければと」
もしかしたら、女王になるかも知れぬあの少女に、そのような醜い感情を抱いているなど、あってはならぬと。そう続けるジュリアスに、ただ訊く事しか出来ないクラヴィスは、そっとその髪に指を滑らせた。償いならこれからいつでも出来ると。
「全てを忘れれば、何もなかったことになるのではないか、と。」
思えば何故あの時、あの場所に彼女を連れて行ったのか、クラヴィスはその事をただただ悔やむ。
女王交代の最中、忙しく動くジュリアスに会えず、その面影をあの少女に重ねていたと、今ならばはっきりと分かるのだが・・・。
「だが、多分忘れる事などできなかったのだ。今夜、そなたが来ぬと分かった時、無意識にあの場所に行ってしまったのだから・・・」
もう道さえも木々に遮られ、ほとんど形をなしていなかった。道なき道をただ無心に歩いた。
「私は、そなたの傍にいてもよいのだな?」
ジュリアスの言葉に、想いの全てを込め答えた。もう決して離さぬと。
―――――――愛している。
<end>