闇の主の寝室は緊迫した空気に包まれていた。
闇の館の執事は、主の寝室に踏むこんだ炎の守護聖を追い、そのままその場に立ち竦んでいた。
怒りのオーラを振りまき仁王立ちする炎の守護聖は、主を弾劾するように指を突きつけていた。主の後ろに見える金の髪は目に見え慄えている。
気を失った光の守護聖を抱きかかえ、館に戻った主を見た時は眼を疑ったが、その後にこのような事が待っていようとは・・・。
「ジュリアス様、さあ」
焦れてオスカーの腕がジュリアスの肩に伸びる。
びくりと大きく慄え、クラヴィスの背中に強く身を寄せるジュリアス。しかし、クラヴィスの身体がまるで拒絶するように身じろぎした。
「クラ・・・ヴィ・・・ス」
オスカーの言葉に動揺させられていたクラヴィスは、本意ではなかったが、結果的にジュリアスを拒絶するような態度を取ってしまった。
我に返りジュリアスを振り返ると、一瞬その悲しげな紺碧の瞳に出会ったが、すぐに伏せられその表情を金の髪が覆ってしまった。
「ジュリアス様」
オスカーが期を逃さず、抱き込むようにしてその身体をクラヴィスから奪い取った。夜着一枚の身体をクラヴィスから隠すように、自分の外套で包む。
クラヴィスからはもうその金の髪しか見えなかった。
「足を怪我されていたんですか・・・」
闇の館の廊下を歩いているうちに、歩みが遅くなるジュリアスに気づき、その足元を見ると両足ともに包帯が巻かれている。
不器用な巻き方は、クラヴィス自ら巻いた物なのだろうか、オスカーはいまいましく思い舌打ちをした。
オスカーの苛立ちを感じ、ジュリアスが身を竦める。オスカーの苛立ちはもっともなことだと、ジュリアスも分かってはいた。勝手にいなくなった自分の身を本当に案じていたのだろう。きっと捜しまわったに違いない。だが、激しい怒りを目の当たりにして、恐れを感じずにはいられない。
「ジュリアス様・・・」
ジュリアスを怯えさせているのに気づき、殊更優しく呼びかける。もうクラヴィスからこの手に取り戻したのだ、些細な事で憤るのは止めたほうが得策である。
「ジュリアス様、失礼します」
声と共に、抱き上げられ視界が転変する。
「あっ・・・何?」
驚いて、腕の中で身を硬くするジュリアスに宥めるように声をかける。
「もう何も心配いりません」
オスカーは胸に広がる金の髪に僅かに顔を寄せる。
夜露の匂いに混じり、白檀の香りがした。カッと目の前が怒りで赤くなるが、必死で自制する。
「帰りましょう」
そう言うと、そのまま真っ直ぐに出口に向かう。
ジュリアスは優しい声の奥に、未だ消え残る怒りの色を感じ取り貌を上げられないまま、闇の邸の外に出た。
「馬を連れてきます」
ジュリアスは玄関先に下ろされ、オスカーが、邸の傍の木に繋いである愛馬に向かうのをぼんやりと眺める。
クラヴィスは追っても来ない。ただその事が全てを表しているのだと、そう思う。
自然と視線が下がる。オスカーの外套の裾から足が見えた。不器用な巻き方の包帯、クラヴィスが慣れない手で巻いた、あの手は、あの優しさは嘘だとは思いたくない。
「ジュリアス様?」
ぼんやりと足元に視線を留めたまま、近づいてきた自分に気づきもせず佇んでいるジュリアスに訝しげに声をかける。
はっと貌を上げたジュリアスは、そのまま踵を返すと闇の館に駆け込んだ。
自分でも何故そんな行動をしたのか、分からぬまま、無心に、クラヴィスに、クラヴィスの傍に行きたかった。
「ジュリアス様!」
後ろからオスカーの声が追いかけてくる。
無我夢中で、着せ掛けられていた外套を投げつけ、そのまま先を急ぐ。足の痛みも感じず、そのまま息が切れても止まる事もせず、走り続けた。
「クラヴィス!」
ジュリアスは閉じられた扉にぶつかるようにして、寝室に戻った。
寝台の傍にある窓辺から、人影が鋭く振り返る。
「・・・ジュリアス?」
クラヴィスの声が聞こえたと思った瞬間に、そのままの勢いでクラヴィスの胸に飛び込む。
「傍に・・・傍にいたいのだ・・・」
ジュリアスの悲鳴のような声が、寝室の入り口に立つオスカーに突き刺さる。ジュリアスを追ってきたまま、その手に投げつけられた己の外套を持ち、想い人を見る。
「そなたの傍に・・・クラヴィスっ」
愛しているとそういったのは、嘘ではないが、そう言う資格がなかった事を指摘され、打ちのめされていたクラヴィスは、自分の胸に縋り顫えるジュリアスの存在が信じられない。
「クラヴィス、クラヴィス、クラヴィスっ」
何度も何度も自分の名を呼ばれる。
恐る恐る腕を、その金の髪が揺れる背中に回す。回された腕に安心したのか、浅い呼吸を何度も繰り返し、その貌を一層肩口に擦り付けてくる。
「全て嘘でも、嘘でもいいのだ・・・ただ、傍に・・・クラヴィス・・・」
何度も繰り返される言葉に、強く強く抱きしめる。言葉など全て締め出すかのように、強くその痩躯を自身に引き付ける。
「もう何も言うな・・・」
クラヴィスの声に、抱き込んだジュリアスから息を詰めるような声にならない声が上がる。
この気持ちをどう伝えれば良いのか、クラヴィスはただ抱きしめる他に何もできない。
深く抱き合ったまま、互いの心音を、呼吸を共有している二人をオスカーは見ていられず、その場を後にした。