「あ〜あ、いっちゃった〜」
オリヴィエの声に、オスカーがはっとして振り返る。
「それにしてもさ〜クラヴィスって、何考えてんのかわっかんないわよね〜、 あのジュリアスと自分から同室を言い出すなんてさ!」
「ええ、ですがクラヴィス様は、ああ見えて気を使われる方ですから」
リュミエールが言うのを受けて、ルヴァが答える。
「あ〜私がもっと早く言えばよかったですね〜皆さんにも迷惑掛けてしまったみたいですし・・・あ〜それにしても、二人は大丈夫でしょうかね〜密室で二人きりで、喧嘩なんかしていないといいんですが〜」
ルヴァが皆の懸念を口に出して言うと、皆口々に筆頭二人の不仲について話し出した。
「この前なんか、王立研究院でクラヴィスにやり込められてて、ジュリアス半泣きだったしな〜」
あの時はさすがにどうかと思ったぜ、などとゼフェルまで言い出すに至って、オスカーはたまらず駆け出そうとしたが、どうしたことか前に進まない。
「あ〜オスカー、心配なのは分かりますが〜今回の旅行の目的を思い出してくださいね〜親睦を深めるいい機会ではないですか〜?」
「それは、そうだが、ジュリアス様が心配なんだ・・・」
ルヴァに掴まれていた腕を摩りながら、オスカーが呟く。
「あ〜なんっか調子悪そうだったもんね〜」
「ああ、そうですね。でも、考えようによっては、いいかもしれませんね」
リュミエールの言葉にオスカーが食って掛かる。
「何がいいんだ!」
「いえ、ジュリアス様のお身体の調子が悪いのを良いと言っているのではないんですよ。ただ、いつもよりお静かなようなので、クラヴィス様もあまりご無理はさせないのではないかと」
リュミエールが言うのも、一理ある。
クラヴィスもジュリアスをからかって楽しんでいるような所はあるが、追い詰めすぎず、ある程度の所で引いているように見えた。
オスカーは一先ず様子を伺い、もし不穏な様子が見て取れたら、その時に手を打つことにした。オスカーとしても、筆頭二人の仲が少しでも改善できるのなら、喜ぶべき事だと思う。
「ま、それでは〜いつまでもこちらにいても〜他の方の迷惑になりますし〜お部屋のほうに行きますか〜」
各部屋別れてはいるが、ワンフロアー貸切になっているので、皆安心して過ごせるようになっていた。部屋は全て和室と言われる作りで、守護聖達を驚かせたり喜ばせたり。各部屋に引き取ったあと、それぞれ部屋で荷物を解いたり、お茶を飲んだりして、食事の時間まで自由に過ごすこととなった。
「・・・ジュリアス」
目に見えて大きく肩が揺れる。
カウチもない部屋で、仕方なく畳の上に横たわり片肘をついたままジュリアスを呼ぶ。少し離れた場所に座り込んだまま一向に動かないジュリアスを不審に思って声を掛けた。
「荷を解くのではないか?」
クラヴィスの問いに、おずおずと振り返る。
「・・・・・・・・・開け方が、分からぬのだ」
消え入りそうな声でジュリアスが返す。
「開け方が分からない・・・?」
身を起こしながら、問い返すとジュリアスの顔が羞恥に染まる。
顔を背けているが、首筋が紅く染まっている。
バチンという音と共に呆気なく開かれるスーツケースに、ジュリアスが驚いてクラヴィスを見上げる。
「どうやったのだ?・・・何度やっても開かなかったのに・・・」
何ら特殊な鍵でもなく、クラヴィスの方が困惑気に眉間を寄せる。
だが、常から多くを語らないその口は、心とは裏腹に何も語らない。
「すまぬ」
小さく呟くジュリアスに、何も言わずそのまま元の位置に戻り、クラヴィスはそれとなくジュリアスを伺う。
開かれたスーツケースを前に、首を傾げながら荷物を次々取り出しているジュリアスは、常のような気負ったところがなく、幼いころ垣間見せた素のまま姿を覗かせている。
女王の提案も偶には良いものかもしれぬ。クラヴィスは内心ほくそ笑みながら、そのままジュリアスを眺めていた。
「クラヴィス様」
部屋の外からリュミエールの声がした。
のそりと起き上がり、クラヴィスが扉を滑らせる。引き戸になっている扉は音もなく開き、リュミエール以下、幼少組以外のものが揃っていた。
「今からさ〜食事前に温泉に行こうって話しになったのよ〜」
浮かれ気味のオリヴィエがクラヴィスに向かって説明する。
「ええ〜そうなんですよ〜やはり〜まず温泉は入っておきたいですしね〜」
ルヴァがにこにこしながらクラヴィスを見上げて言った。
「ジュリアス様!大丈夫ですか?」
オスカーがクラヴィスの脇を抜け部屋に上がりこもうとした。
「どういう意味だ?」
クラヴィスが立ちふさがっていて、部屋に入れない。
「・・・お身体の具合を聞いているだけです」
オスカーが強引に入ろうとするが、クラヴィスはどこうともしない。険悪な空気が漂い始めた頃、クラヴィスの後ろからジュリアスが顔を見せた。
「オスカー、どうしたのだ?声を荒げるなど・・・」
「ジュリアス様!」
幾分元気になったように見えるジュリアスに、オスカーが安堵の息をつく。どうにか二人はうまくやっているらしい。少しクラヴィスの態度が気にはなるが、まあ些細な事だろうと、オスカーは自分に言い聞かせた。
「皆で食事前に温泉に行こうということになりまして、ジュリアス様達をお誘いに来たんです」
「ゼフェルやランディ、マルセルが見えないようだが?」
ジュリアスの問いに、オリヴィエが答える。
「とっくに行っちゃったわよ〜。あの子達気が早いったらないわよ〜」
「ジュリアス、行くか?」
クラヴィスの問いに、ジュリアスが迷うように視線を部屋の中に飛ばし、遠慮すると答える。
「え〜ジュリアス行かないの〜、せっかくお肌にいいお湯なのに〜」
オリヴィエの言葉に苦笑してジュリアスが答えた。
「まだ、荷物の整理も出来ていないし、それに、少し疲れているのだ」
「あ〜ジュリアス〜、どうしても具合が悪いというなら、仕方ありませんが〜少し考えてくださいね〜親睦を深めるのが〜今回の目的なのですよ〜皆で温泉に入るのは、きっといい方向に向かうと思いますが〜」
ルヴァが言うことはもっともだったが、ジュリアスはまだ迷うように視線を巡らせる。自然にジュリアスを見つめていたクラヴィスと視線があった。しばらく視線を探られ、ジュリアスは動悸が高まってきた。ジュリアスの心の内をも見透かすような黒曜石の瞳から、そっと視線伏せた。
「では、少し待っていてくれ、用意をしてくる」