「うっわ〜すごいわね〜」
オリヴィエが歓声を上げる。
床には鈍く黒光りする石が敷かれ、三方の壁は天上から床まですべて硝子でできていた。硝子の向こうに屋外の浴場があり、ゼフェル達がはしゃいでいる姿が見えた。
奥に位置するロッカーの前で、守護聖達は次々と衣服を脱ぎ出した。
「さってと、お先〜☆」
オリヴィエが何やら両手いっぱいの美容グッズを持ち、早速浴場に向かった。
「あの、ルヴァ様?そのままお入りになるんですか?」
すっかり用意の出来たリュミエールがルヴァに向かい言う。頭のターバンはそのまま、腰にタオルを巻いているルヴァは、にこりと頷いて答えた。
「ええ、そうですよ〜、替えは持ってきてありますし〜大丈夫ですよ〜」
「お風呂用とか、そういうのはないのですか?」
リュミエールの問いにオスカーも何度も頷く。ジュリアスは皆に背を向け用意に没頭している。クラヴィスは長い黒髪を纏めながらジュリアスの姿を眺めていた。
「あ〜そういう物はないんですよ〜。邸では必要ありませんしね〜」
「ジュリアス様?」
オスカーがふと見やると、未だにしっかり福を着たままのジュリアスがいた。
何やらもたもたと胸の辺りで手を動かしているが、一向に脱ぐ気配がない。声をかけても反応がない。
「ジュリアス様、どうかなさったんですか?」
オスカーが続けて問いかけるのに、慌てて振り返りぱっと手を離す。
「あ・・・その・・・」
ジュリアスが言いよどみ、訝しげなオスカーの視線をさけるように視線を巡らせる。
「オリヴィエが呼んでいるようだが・・・」
クラヴィスがまるでジュリアスを救うように声を挟む。
「ちょっと〜何してんのよ〜!!」
オリヴィエが興奮に震える声で呼びかけてきた。
「あ〜今行きますよ〜」
ルヴァがいそいそとタオルを持ち、リュミエールを促す。何やら気がかりそうにクラヴィスらを見ながら、リュミエールも浴室へと姿を消す。
「行かぬのか?」
クラヴィスがその背にジュリアスを庇うように立ち、オスカーに促す。
「・・・ジュリアス様?」
何やら表情もいつになく頼りない。旅行に出てからというもの何だかおかしい。オスカーはあまりにもジュリアスらしからぬ態度や表情に、困惑していた。それに、何だかクラヴィスもいつもと態度が違うように感じる。ジュリアスに対する冷酷とも言えるほどの態度にいつも憤りを感じていたのに、ここに来て違う種類の憤りを感じるのだ。何やら思うようにジュリアスに近づけず、調子が狂わされてしまう。
「オスカー」
ジュリアスがクラヴィスの脇から顔を出し声を掛ける。
「先に行っててくれてかまわぬ」
ジュリアスにそう言われては留まることも出来ない。何やら気がかりだが、渋々ルヴァ達の後を追う。
扉を開け、最後に振り返ると、クラヴィスがジュリアスと向かい合い何やら話しこんでいた。
「ジュリアス・・・何故着替えぬのだ?」
クラヴィスの質問は最もな事だった。
「・・・・・・」
無言で視線を伏せるジュリアスに、クラヴィスは体調が思わしくないのかと、注意深く様子を探る。伏せられた顔は見えないが、身体が震えているのではないか、など自分の変化に戸惑う。
物思いに耽っていた間にジュリアスが顔を上げて、クラヴィスを見つめていた。
「どうした?」
自分にこのような優しげな声音が出るとは思わなかった。クラヴィスはジュリアスの視線を受け止めながらまたもや物思いに沈みそうになっていた。
「その・・・」
言いよどむジュリアスを安心させる為にか、クラヴィスがそっと髪に触れてきた。軽く撫でられ、ジュリアスは、ほうっと溜息をついて話し出した。
「タイが・・・その、簡単にほどけると思ったのだが・・・何度やっても出来ぬゆえ・・・その、脱ぎたくても脱げなかったのだ・・・」
皆には言えぬし・・・などとジュリアスが呟くのを呆然と見やる。
途方にくれた顔をしたジュリアスに、兎に角勤めて表情を隠しクラヴィスは言った。
「少し顎を上げろ」
クラヴィスの言葉に諾々とジュリアスが従う。
まさか、そのような理由でぐずぐずしていたとは・・・、クラヴィスは内心驚きながらも無表情にタイをほどきにかかった。
持ち上げられたジュリアスの顎の先には、驚くほど白い喉元が隠れていた。
ついでにボタンも外してやりながら、クラヴィスは次第におかしさがこみ上げてきた。
いつもいつも憎らしいほどに高慢なジュリアスが、幼子のように大人しく身を任せているとは。
すっかりシャツをはだけさせると、そのまま重力に従って床にするりと落ちる。雪を欺くかのように白い肢体に、クラヴィスは息を飲む。
首を傾げながらクラヴィスを見ているジュリアスにも気づかず、そのまま視線が食い止められる。
「クラヴィス?」
ジュリアスがそっと肩に触れてきた。
もしかして呆れているのかと不安になったらしい。
「ああ、いや、髪はどうするのかと思ってな・・・」
思ってもなかった事を口にし、ジュリアスを一先ず安心させる。
「髪・・・洗わぬのか?」
クラヴィスの纏められた髪を見て、ジュリアスが首を傾げている。
「ああ、この後すぐ食事だからな・・・」
クラヴィスの言葉に合点が言ったのか、ジュリアスがしきりに頷いている。
「ついでだ、上げてやろうか?」
クラヴィスの言葉にジュリアスの瞳が僅かに見開かれる。が、すぐに素直に頷き、頼むと言う。
金のいやに手触りのいい髪を、一まとめにし括ってやる。驚くほど柔らかく細いその髪に、いつまでも触れたいと思うのは罪なのだろうか?
クラヴィスは自問自答を繰り返している。その間にジュリアスが用意を整えクラヴィスに声を掛ける。
「その、何から何まで世話になって、すまぬ・・・」
もう行けるゆえ・・・と、頬を上気させ呟く。
「いや、では行くか・・・」
自然と背に手を掛けジュリアスをエスコートするように、浴室に向かった。