「ジュリアス様」
オスカーの声が引き戸の外から聞こえた。
弾かれたようにジュリアスが立ち上がり、出口へと走り寄る。僅かに軋んだ音をたて引き戸が開けられる。
「オスカー・・・」
ジュリアスの声が縋り付くような色を帯びているように、クラヴィスには聞こえた。
「ジュリアス様、大丈夫なんですか?」
湯当たりしたジュリアスを心配して駆けつけたオスカーは、まさかジュリアス本人が戸を開けて出てくるとは思っていなかった。またクラヴィスの陰気な顔を見るのかと、半ば覚悟していたのだが。
「あ、ああ、まあ」
曖昧に言葉を濁すジュリアス。伏せられた睫の影のせいか、顔色が悪く見える。
「横になっていて下さい」
有無を言わさぬ強さで腕を捕られ、そのまま部屋の中へと誘われた。
布団の傍らに片膝をつき、こちらを凝視しているクラヴィス。オスカーはその脇をすり抜けるようにジュリアスを連れ、先程の浴室での仕返しのように悠然とクラヴィスのアメジストの瞳を見返した。
「さ、ジュリアス様」
オスカーの促すままに、またもや布団に横たわる。
「オスカー、もう何ともないのだ・・・」
ジュリアスが申し訳なさそうに言うのを受けて、オスカーが諭すように言う。
「顔色がお悪いようですし、もう暫く横になっていて下さい」
心配し足りないように、そわそわと掛け布団を整えたり、ジュリアスの顔を覗き込んだりと忙しない。
そのすぐ傍でむっつりと黙り込むクラヴィスを、ジュリアスはそっと盗み見る。
機嫌が悪そうだ。ジュリアスは溜息を付いた。やはりクラヴィスにこれ以上迷惑は掛けられない。では、オスカーには掛けてもいいというのか?だが、他に誰を頼れば良いというのだろうか・・・。不甲斐ない自分に嫌気がさす。
「で、何用なのだ?」
クラヴィスの地を這うような声が部屋を凍らせる。
「・・・ジュリアス様が心配だったので来たのですが、何か問題でも?」
挑戦的なオスカーの言葉に、ジュリアスははらはらと二人を見やる。何故こうも二人は折り合いが悪いのだろうか。自分とクラヴィスも険悪というに近かったが、二人は更に酷い。聖地ではあまり感じなかったが、ここに来て何度も衝突する二人にジュリアスは戸惑う。
「成る程な、忠犬よろしく馳せ参じたと言う訳か」
クラヴィスの小馬鹿にした態度にオスカーが激昂する。
「何が言いたいんですか!」
「体調の悪い者の前で大声を出すとはな・・・」
オスカーの大声に辟易したクラヴィスは冷たく言い放つ。
オスカーは、はっとしてジュリアスを見る。驚きに見開かれた蒼の瞳がじっと見つめていた。
「すみません・・・」
悄然として項垂れるオスカー。気まずい空気に満ちた部屋で三人は重い沈黙に耐えていた。
「クラヴィス様?」
リュミエールの声が重苦しい空気を裂いて聞こえた。
「あの、着替えなどお忘れだったので、お届けに参ったのですが・・・何かあったのですか?」
異様な雰囲気に気圧され、小声で問う。
「ああ、いや、何でもない、すまなかったな」
クラヴィスが荷物を受け取りながら答える。
「ジュリアス様、お加減はいかがですか?」
すっと膝をつき、リュミエールがジュリアスの傍に寄る。
「もう、大丈夫だが・・・」
ジュリアスが未だ緊張が解けぬ風にぎこちなく返す。依然顔色が悪いように見える。リュミエールはすっと手を伸ばし、ジュリアスの額にかかる金糸を梳き上げた。母親のような仕草が不思議と似合う。
ジュリアスの身体から強張りが解け、瞳が安心に細められる。
「後、半時ほどで夕食の準備が整うそうです」
髪を払い除けた額にそのまま、ひやりと冷たい手のひらを乗せリュミエールが話し出す。
「色々珍しい料理があるそうですよ、ルヴァ様が仰るには<皿蕎麦>というものがオススメらしいんです」
リュミエールの朗らかな様子に、ジュリアスはささくれだった気持ちが和らぐのを感じた。