降誕祭

 

 天蓋の僅かな隙間から射し込む灯りが、クラヴィスの漆黒の髪を柔らかに変える。さらさらとその肩から滑り落ちる髪に、ジュリアスは無意識に手を伸ばす。指に絡め、また外しては絡める。
「そなたの髪に、ずっと触れてみたいと思っていたのだ・・・」
 ジュリアスの蒼の瞳が恍惚とした柔らかい色を浮かべる。
「ジュリアス・・・」
 思わぬ言葉にクラヴィスは、ただされるがままにジュリアスの煌く瞳を見つめていた。
「いつも、踵を返すそなたの後姿を見ていた」
 思い出したのか、その瞳は僅かに悲しみに揺れる。
「いつか、そなたが振り返ってくれるのではないか・・・などと・・・」
 あるはずがないのに、と自嘲しながら言葉を紡ぐ。
「叶わぬことならせめて、その背中で揺れる髪一筋なりとも、触れてみたかったのだ」
 愚かな事だと笑うか?
 ジュリアスの悲しみに沈んでも尚美しいその瞳が、水を湛え縋るように見つめてくる。
「・・・ジュリアス」
 言葉と共に、そっと翳されるクラヴィスの手に瞳を覆われる。
 驚きに薄く開く口唇に、何かが触れてきた。幾度も繰り返されるそれに、ジュリアスは口付けだと気づき、喉の奥で小さく呻いた。
 繰り返される口付けに、やがてジュリアスの驚きに強張った身体が寝台に深く沈む。
 口付けは口唇のみならず、頬に、耳に、髪にまで幾度も落とされる。最後に静かに退けられた手によって現れた瞳にも。
「ジュリアス・・・」
 灯りに目が眩むのか、眩しそうに細められた目許が紅く痛々しい。その長い睫は泪に濡れて光る。誘われるようにまた優しく口唇を落とす。
 宥めるように幾度も落とされる口唇に、ジュリアスは泪が溢れるのを止められない。
「ジュリアス、泣くな」
 クラヴィスの優しく囁く声が、耳に響く。
「・・・やさし・・・っくしないで・・・くれ」
 泪に咽び、言葉が途切れる。
「また・・・期待して・・・しまう・・・」
 そなたが、寒さに震える者を放っておける筈がないのに、ましてや怪我をしている者を見捨てるなどできぬと分かっていて、でも期待してしまうのだ。
 消え入るように紡がれる言葉に、クラヴィスは己の所業を悔いる。いざとなって怖気づいた自分にどうしようもなく怒りが込み上げる。と同時に、嘆くジュリアスの姿に揺らいだ自信が僅かに取り戻された。
「ジュリアス、期待とは何だ?」
 クラヴィスの問いに、ジュリアスの瞳が激しく揺れる。
「答えてくれ」
 いやいやと首を振るジュリアスに、重ねて訊く。
「ジュリアス!」
 強く名を呼ばれ、びくりと目に見えてその身体が顫える。
「・・・これ・・・以上・・・・・・惨めな思いを、させると、いうのか・・・」
 身を捩り嘆くジュリアスを惨いとは分かりながらも、クラヴィスは尚も訊かずにはいられない。
 ジュリアスは引き攣れるような胸の痛みに、その秀麗な貌を歪め叫んだ。
「そなたがっ、少しは、私を、好いてくれているのではないか、と・・・」
 そのような期待など、間違っているのは分かっている・・・。
続く言葉は、クラヴィスの胸に抱きこまれることによって阻まれる。
「私は、お前を・・・」
 頬を押し付けている胸の鼓動が激しく響く。苦しげに息を整えるクラヴィスの姿にジュリアスは驚きと戸惑いを隠せず、ただ一言も聞き漏らさぬように息を潜める。
「・・・お前を、愛している」
 驚いて身じろぎするジュリアスを逃がさぬように、より一層強く抱きしめる。
「愛しているのだ、逃げ出すほどに」
 土壇場で怖くなったと続ける。
 クラヴィスの慄えがジュリアスをも慄わせる。
「ジュリアス・・・愛しているのだ・・・」
 何か言わねばならぬと思うのだが、何故だか全身が慄えて何も言えない。ジュリアスは、ただその胸に縋りついたまま、クラヴィスの声を噛みしめていた。

『ジュリアス様!』
 廊下の方から荒々しい足音と共に、寝室の扉が乱暴に開かれる。
「・・・オスカー・・・?」
 驚愕に見開かれた視線が交錯する。