降誕祭

 

 邸全体が一種異様な陰の気配に包まれているように感じる。重厚と言えばいいのか、単に陰気な屋敷というのか・・・。
 傍の木に馬を繋ぎ、闇の私邸を見上げる。灯りの洩れている部屋は見たところないようだった。ひっそりと人気のない邸は死に絶えたように静かで、もしかしたら、自分は大変な間違いを犯しているのではないか、と不安になった。しかし、何を置いてもまず彼の人の保護が最優先だと言い聞かせる。
 オスカーは馬の鬣を撫でながら、気持ちを落ち着かせようと努める。
 他の者のサクリアを探るのは至難の技だ。闇と光は対であると言われ、互いのサクリアを探る事は可能であるらしいが、到底自分には出来そうもない。炎と光のサクリアは属性が似通っているが、それだけでは駄目らしい。闇と光は互いが唯一無二の存在だと思い知らされるようでやるせない。だが、ジュリアスを悲しませるだけの存在には決して負けない筈だ。共に居た時間は確かに多いだろう、だが短くとも密に過ごした自分には叶わぬはずなのだ。そう信じここまで乗り込んできたが、果たしてそうなのであろうか。先程までの自信や気負いが、邸を前に霧散するように感じる。多分、ジュリアスはここにいるのだろう。嫌な予感ほど当たるものである。
 邸の扉を叩く。暫くして主と似通った雰囲気の陰気な執事が扉を薄く開け誰何する。強引に身を割りいれ、驚く執事を置き去りに、奥へと進む。
 複雑に入り組んだ回廊に舌打ちをする。まるで主の心そのもののように、態と人を惑わせるように作られている。
「ジュリアス様!!」
 夜中だとて構わない。この声が彼の人に届くのなら、どのような咎でも受けよう。
 足音も荒く、無数に続くような部屋を廻る。
 それにしても、人という人がいないのが気になる。元々このように人気がないのか・・・。それにしても、いくら人嫌いだからといえ、このように仕えるものがいなくて、果たして暮らして行けるのか。
「お待ちください」
 後ろから、いつの間に追いついたのか、陰気な執事が息も切らさず声をかける。
「ジュリアス様がいらしているだろう?」
 観念して尋ねると、否定も肯定もしない。このような所まで主そっくりだ。
「いくら炎の守護聖様と言えども、主の許可なく邸に立ち入る事は許されません」
「だが、一刻を争うのだ!」
「ですが、」
 埒があかない。また乱暴に押しのけると先に進む。
 ついに、最奥に位置する重厚な両開きの扉の前にたどり着く。
「ジュリアス様!」
 声を張り上げ部屋に踏み込んだ。
「・・・オスカー・・・・・・?」
 天鵞絨が幾重にも張り巡らされた天蓋付きの寝台が、部屋の奥にあった。声はそこから聞こえた。
 オスカーは身の内の炎が熱く滾るのが分かった。
 無言で歩み寄り、天蓋を乱暴に掻き分ける。
「オスカー・・・」
 寝台に横たえられ、闇色の男に半ば圧し掛かられながら、呆然と呟く姿は、果たしてジュリアスであった。
「捜しました」
 硬質な声がジュリアスを射る。
オスカーの瞳が怒りに色を失う。その眼はジュリアスには向けられず、闇色の眼に据えられていた。クラヴィスもまた真っ向から視線を合わせ、暫し睨み合いが続いた。
「ク、クラヴィス?」
 ジュリアスの顫える声に二人の視線が向けられる。
「ジュリアス様、帰りましょう」
 クラヴィスの腕に囲まれたままのジュリアスに、手を伸ばす。
 オスカーの怒りの気配が痛いほど伝わり、身体が顫えるのを止められないジュリアスは、視線をオスカーに留めたまま無意識にクラヴィスに縋る。
「ジュリアス様!」
 オスカーの苛立った声が響き、小さくジュリアスが声を上げるに至り、クラヴィスは身を起し、その怒りから遠ざけるよう後ろに庇う。
 オスカーの視線から逃れられ、細く息をつくジュリアス。
「これが怯えているではないか・・・」
 それは本意ではなかろう、とクラヴィスに、やんわりと諭される。
 オスカーはこの期に及んで、余裕を感じさせるクラヴィスに苛立ちをより深くする。
「ジュリアス様」
 敢えてクラヴィスを無視しその背後に話し掛ける。
「貴方は裏切られたのですよ」
 この男に、と指を突きつける。
 クラヴィスの背中が目に見えて震えた。
「俺と一緒に帰りますね」